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名古屋の結婚式。
幼稚園のとき、親戚のお姉ちゃんの結婚式に出た記憶。
相手の人がお金持ちだということもあって、それはもうすごいものでした。
まだ、幼稚園だったので、細かい記憶はそれほど残ってはいないのですが、そのインパクトだけは今も忘れません。
お姉ちゃんも岐阜に住んでいたのですが、市内だったので、名古屋まで仕事に出ていたんですね。
なので、名古屋という土地柄も知っていたようですが、式が終わったあと、
「ここまでとは、やっぱりすごく恥ずかしかった〜!!!」
と、言っていたのを覚えています。
わたしの一番の記憶は、ゴンドラ?
当時は流行っていたのだとか。
そのキラキラした、ステージのようなゴンドラで、式場に登場した新郎新婦。
わたしたちは唖然としてしまいましたが、周囲ははやし立てる声援ですごい騒ぎでした。
友人代表のスピーチも、出し物も、そればド派手な演出です。
小さいながらに笑えない自分に戸惑っていました。
いただいた引き出物を帰宅後に開けて、両親が戸惑っていたのも、そう言えば記憶にありますね。
御赤飯は美味しくいただきましたが、金縁のド派手なお皿はどうしたんでしょうね?
あれから一度も見た記憶がありません(笑)。
子どもながらに、こんな結婚式なら、しない方が良いなんて、もしかしたら、あれが、わたしが結婚に対して憧れをもてなくなった原因かもしれませんね。
そんなわたしが・・・。
名古屋で結婚式をするなんて。
想像していないレベルではなく、“絶対嫌だ”っていうほどのレベルでしたね(笑)。
しかも相手は探偵さん。
あり得ませんでしたねー。
なぜ、こうなってしまったのでしょう(笑)。
わたしの父は、転勤族。
小さきころは岐阜に住んでいました。
岐阜県内でもいろいろ移り住みましたが、今は愛知県。
名古屋市からすこし外れたところに、父が家を建てたのです。
この先、転勤があれば単身赴任でも頑張るから、と。
でも、不思議というか、会社の配慮があったのか、父の転勤は、なんとか通勤時間1時間半にとどまる範囲ですんでいます。
そのうち、わたしにも就職の時期がきました。
心配性の両親には大反対されましたが、名古屋の結婚式に抵抗のあるわたしも、名古屋で働くことに関しては憧れをもっていたんですねー。
両親に、反対を押し切って行くなら、大変でも援助はしない、とまで言われてしまいました。
たぶん、すぐに根を上げて帰ってくると思っていたんだと思います。
なので、心を鬼にしてくれたんでしょうね。
わたしの意地っぱり度も、そんな甘くはないんですけどね。 |
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